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 守護者の一人、レジェールを含む六人の葬儀は、コデッタ襲来の二日後に合同で()り行われた。犠牲者の中には、逃げる際に転倒して頭を強打した老人や、興奮した馬に蹴り殺された巡礼者もいた。

 火葬も終わり、夜の(とばり)が下りた頃。

 ラティーの外れにある丘の内部――ラウダ教の神殿には、光石の明かりに照らされる二人の人影があった。一人は守護聖女のハノン、もう一人は守護団の長である。

 神殿の一室で生活しているハノンは、儀礼の衣装ではなく生成(きな)りの室内着(ワンピース)を着ている。

 一方、団長は制服の赤いジャケットと白いズボンに身を包んだままだった。昼の葬儀が終わったあと、暗くなっていく森の中で光石を使ってまで人を探していたのだ。彼の黒髪も心なしか乱れているように見えた。

 

「森を捜索しましたが、カノンの発見には至りませんでした。明日は人員を増やして――」

 

 団長の言葉を(さえぎ)るように、ハノンはゆるゆると首を振った。白金の髪が背中で揺れた。

 

「もういいの。私が、あの旅人を外まで連れていきなさいと言ったから……。きっと戻るに戻れなくなったのよ」

 

 コデッタ掃討に力を貸してくれた科術使いの旅人を、しかし一部の町民は責め立てた。武神ラウダのために建てた〈降臨の塔〉で科術を使い、内装を傷つけたせいだ。守護団の中で彼を(かば)ったのはカノンだけだった。

 その町民たちも、守護者が一人犠牲になったと知ってからは静かになった。寄付金の追加徴収は行わないと声明を出したことも影響したのだろう。塔の修繕には寄付の積立金を当てることになったのだ。

 だが、ハノンに命じられて旅人を森まで連行したカノンは、二日経った今もラティーに戻ってきていない。

 

「だけど、彼らと一緒にこの町を出て、好きに生きる道もあるのではないかしら」

 

 ハノンが本音を漏らすと、団長は当惑したように視線を彷徨さまよわせた。

 

「……ですが、夫のレジェールだけでなく、妹までいなくなってしまったら、貴女(あなた)は独りに……」

 

 その言葉にハノンは目を見開いた。

 守護聖女となった自分を、彼は昔と変わらず気にかけてくれている。先代の聖女である母が亡くなるまでは、十五も年が離れていたのによく構ってくれていたのだ。

 

「昨日の今日、考えたことでもないのよ。――少し、私の話を聞いてくれるかしら」

 

 口を結んでうなずいた団長に、ハノンは昔話を語り始めた。

 

「父の葬儀で泣かなかったカノンに、どうしたら泣くのを我慢できるのか、聞いたことがあるの。いずれ守護聖女になる私こそ、人前で泣いてはいけないとわかっていたから」

 

 武神ラウダから力を授かるためには、心身ともに強くなければならない。守護者を率いる守護聖女は、迷いや悩みを(いだ)くことも許されない。

 もともとは妹のカノンより気弱だったハノンは、守護聖女としてふさわしくあるために、何事にも動じない心が欲しかった。

 

「そしたら、『お父さんは守護者としての役割をまっとう(・・・・)したから、悲しいことじゃないんだって』って、そう語ったの。カノンを励ますために、守護団の皆が言って聞かせたのでしょうね」

 

 レジェールがコデッタに殺された日も、ハノンは自室で一人になると、夜が明けるまで涙に暮れた。それでもどうにか立ち直れたのは、カノンの言葉を覚えていたからだった。

 

「それと、『お姉ちゃんを支えてあげて、って言われたから』なんてことも言ったの。きっと皆、私を思ってくれていたのよね。私が守護聖女になることは、生まれたときから定められていたから。――でも、だからこそ妹には、守護聖女(わたし)とは関係なく生きてほしかった」

 

 守護聖女は血筋が重視されるが、守護者は素質と能力さえあれば家柄は問われない。逆に言えば、守護聖女の一族だからといって、聖女を継ぐ者以外は守護者になる必要はないのだ。

 それに、とハノンは微笑ほほえんでみせた。

 

「私は一人ではないわ。私には守護団の皆がいるでしょう? 私が導く、あなたたちが」

 

 団長はハッとした表情になり、深く頭を下げた。

 

「出過ぎた真似をお許しください。――カノンの捜索は打ち切ります」

 

 神殿から出ていく彼の背中を見送りながら、ハノンは自身の下腹部にそっと手を当てた。安定期に入るまで公表は避けていたが、ハノンの中には新たな命が宿っていた。

 

「私はもう、一人ではないのよ」

 

 ハノンは壇上から下り、巨大なタペストリーを振り仰いだ。そこに(えが)かれているのは、人間より二本多い腕を持ち、すべての腕に武器を構えたラウダ神の姿。

 ハノンが直接守れるものは少ない。お腹の子どもですら乳母に育てられるのだろう。ハノン自身もそうであったように。

 人間の手の届く範囲は限られている。だからこそ、神に祈るのだ。

 

「ラウダ様、どうかお願いいたします」

 

 守護者を導く守護聖女として。

 妹の無事を祈る姉として。

 子の明るい未来を願う母として。

 

「私と大切な人たちに、大切なものを守る御力(みちから)をお与えください」