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「斧槍を持ったヤツが、科術で〈塔〉に傷を付けたって話だが――おまえか!?」

「そうですよ。だからカノンが、俺たちを外まで連行するところです。カノンの邪魔しないであげてください」

「生意気言うな! ――がっ!?」

 

 胸倉を(つか)んできた男の顔に、シェントは反射的に頭突きを食らわせていた。

 

「やっちまった……」と、頭に手を当てて呟く。

 

 後ろによろめいた男は、鼻を押さえて顔を真っ赤にしていた。

 ――先に手を出してきたのは向こうだから、まあいいか。

 事を荒立てるつもりはなかったが、守護団まで責め始めた彼らの勝手さが我慢ならなかったのだ。

 

「おまえたちは何に(いきどお)っている?」

 

 アレグロも同じ思いを抱いたのか、彼女の目はいつにも増して冷ややかだった。

 

「〈塔〉でコデッタを倒したのは、この町を守るためだろう? 守られたおまえたちが、それを責めるのか?」

「だから、その〈降臨の塔〉は神聖な場所なんだ。俗人が入ってはいけないんだよ」まとめ役の男が諭すように言う。「それに、守護団が我々を守るのは当たり前のことさ」

「当り前だって?」

 

 眉をひそめるシェントに、男は静かにうなずいた。

 

「『力』のない我々は、ラウダ様に祈りを、守護団に『寄付』を捧げる。守護者は、ラウダ様に授かった『御力(みちから)』でラティーの地と人、ラウダ教徒を守る。それが、この町の生き方なんだよ」

「……だけど」

 

 シェントは肩越しにカノンを振り返る。目を伏せた彼女は、反論も何も言わない。

 すると、赤子を抱いた女が叫んだ。

 

「数か月前から光石も食べ物も値上がりしてるのに、〈塔〉の修復のために『寄付』まで上がったら、生活できなくなるのよ!」

 

 シェントは今度こそ押し黙った。

 故郷(くに)を出てまだ三か月しか経っていないが、国や地域によって常識や慣習が異なることは理解している――つもりだった。よそ者である旅人が口を出すべきではないことも。

 

「み、皆さん……っ!」

 

 それまで縮こまっていたファルルが、両者の間に割って入ろうとする。

 

「悪いのは魔族で――わぁっ!?」

 

 緊張で足がもつれたのか。その場にいる皆が気の毒に思うほど、ファルルは派手にすっ転んだ。

 弾みで亜麻色の(ウィッグ)が外れ、地毛の黒髪が露わになる。

 急いで鬘を拾い、付けなおそうとするファルル。

 その慌てぶりを、かえって町民たちは(いぶか)しんだ。

 

「どうして変装なんかしてるのかしら」

「そ、そういえば、ラウダ様の降臨を妨害するために〈塔〉を壊した、って話も聞いたわ」

「町に魔物を放したのも、〈塔〉を壊す口実が欲しかったんだろ!」

 

 そういうことか、とシェントは睨むように目を細める。

 突如として魔物に襲撃されるという理不尽。それに対抗する力を持たない彼らは、犯人を仕立て上げて糾弾することで、仮初(かりそ)めの安心を得たいのだろう。

 

「何ごとなの……!?」

 

 その声に振り返ったカノンと、宿舎から出てきたリエの視線が絡む。

 ――リエまで巻き込みたくない!

 とっさにアルトの手を取って立たせ、「こっちよ!」と叫んで走り出す。シェントとアレグロもすぐさま彼女の後に続く。

 

「おい待て!」

「逃がすな、追え!」

 

 カノンは裏通りの路地に入った。

 三人の後ろを走るシェントは背後を振り返った。あの場の半数近くが後を追ってきているようだ。まるでコデッタだな、と口の()に嘲笑を浮かべた。

 狭い路地を駆け抜けながら、シェントは立て看板やら椅子やらを、手当り次第に引き倒していく。足止めを(はか)ったつもりだが、彼らが諦める気配はない。

 そうこうしているうちに路地を抜け、目の前に城壁と門が見えてきた。

 高さは〈降臨の塔〉の半分ほど。二基の塔から成る門には、外敵の侵入を防ぐ大きな柵が下ろされている。

 先頭を行くカノンが声を張り上げた。

 

「塔に入って柵の鎖を巻き上げてくるわ! 少し時間がかかっちゃうんだけど――」

 

 町民たちの足音がすぐ後ろに迫ってきている。向こうは素手だが、数の利を活かして殴り殺してきそうな勢いだ。

 シェントは斧槍を地面に突き刺し、門へ疾走する三人に叫んだ。

 

「先に行ってろ!」

 

 上がった息を整えながら、科術の呪文(チューン)を唱え始める。

 ただのはったり(・・・・)だ。下級科術ですら詠唱するには時間が足りない。

 最悪、斧槍を振り回して威嚇(いかく)すればいいのだが、相手も無傷では済まないだろう。

 

(少しは(ひる)んだりしろよな――!)

 

 一人一人の表情が見えるくらいに、互いの距離が縮まってきた。必死の形相で駆けてくる彼らは、負傷も恐れず突っ込んできそうな迫力がある。

 

「シェント……?」

 

 時間がないことに気づいたのはアレグロも同じだった。

 背丈も髪色も違うというのに、シェントの後ろ姿が〈コード〉の彼女(リーダー)と重なる。次の瞬間、その背中から槍が生えてきた――ように見えた。

 それは記憶の断片、ただの幻覚なのだが――

 

「や、だ……死なないでぇ――っ!!」

「ちょっ、アレグロ!?」

 

 戻ってきたアレグロに左腕を引かれ、思わずシェントは振り返る。

 

「なんで戻ってきたんだ!」

「白の(はじめ)を使う!!」

「それって……」

 

 その光石は、アレグロがリベラで買った希少な石だ。

 目が(くら)むほどの光を放つ、生活の明かりには使えない光石。

 

「目を(つむ)って、そのあと私と走って!」

 

 迫り来る人の波を一瞥(いちべつ)し、アレグロはシェントの手を強く握った。目を閉じたまま光石に呪文を唱え、それを遠くへ放り投げる。

 

「うっ!?」

(まぶ)し――っ!!」

「なんだこりゃ!?」

 

 煌々(こうこう)とした光が炸裂し、前後不覚に陥った町民たちが足を止める。

 

「走って!」

「ああ!」

 

 二人は白い光に背を向け、カノンとファルルが待つ門の外へ飛び出していった。