32
一人で去ってしまったカノンの代わりに、リエと名乗る三つ編みの女に連れられて、シェントは宿舎まで戻ってきた。
連行といっても手を縛られたりはしなかった。むしろ殺気立った町民からシェントを守るため、宿舎までついてきてくれたようだった。
「支度が済んだら声を掛けて、裏門まで案内するから。……こんなことになって、本当にごめんなさいね」
「いえ。よそ者の俺が〈塔〉の大切さを理解してなかったのも、悪かったと思うので」
半分は皮肉、半分は本心だった。
魔物の討伐に協力すれば、カノンをはじめ世話になった守護団に恩を返せると、打算的に考えてしまったのではないか。
ラティーを守るためといって、彼らが大切にしてきた〈降臨の塔〉を利用したことは、本末転倒だったのではないか。
苦い顔をするシェントに、リエは「そんなことないわ」と困ったような微笑を浮かべた。
彼女に軽く頭を下げ、部屋に向かう。
扉を開けると、ファルルが小走りで近寄ってきた。
「シェントさん、アレグロさんが――」
「アレグロがどうかした!?」
気を失っていた彼女に、また何かあったというのか。シェントはファルルを押し退けるようにして部屋に入る。
ベッドで寝ていたはずのアレグロは、刀を抱えて壁際の床に座っていた。
「私もコデッタを倒しに行こうとしたのだが、ファルルが手を掴んで離さなくて」
「だって、まだ顔色が悪かったんですよ! 安静にしてくださいと言っても、外に出ていこうとするから」
言うことを聞かない彼女に手を焼いたと訴えてくるファルルに、シェントは真顔で問いただす。
「え、アレグロの手を握ったのか?」
「え?」
「……なんでもない」
頭を振ったシェントは一転、神妙な面持ちで口を開く。
「俺のほうも話があるんだけど――急遽、ラティーを出ていくことになった」
そして、魔物討伐の顛末を手短に伝えた。
共に行動していることを知られたら、彼女たちも何をされるかわからない。早いところラティーを出たほうが安全に思えた。
「ごめんな、巻き込んじゃって……」
「私のほうこそ、また何もできなかったから……」
「僕も、魔物を放置してこの町を出るんですか、なんて言ったから……」
室内を支配する静寂。
それを破るようにノックの音が響いたかと思うと、返事も待たずに扉が勢いよく開かれた。
「森のほうは城壁があるから、外に出るには門の鍵が必要よ」
手にした鍵をくるくると回しながら。白いブラウスと青いスカートに着替えたカノンが、ずかずかと上がり込んでくる。守護団の制服姿ではないものの、彼女は弓矢を装備していた。
「なんで弓矢、っていうか荷物まで!?」
シェントはカノンの手に握られた小さな荷物鞄を指した。
「ラティーを出て『はい、サヨナラ』ってわけにもいかないでしょう? 森の中も案内するわ、少しだけね」
「いやいやいや、俺たちと別れたあと、一人で帰ることになるんだぞ!?」
「暗くなる前に引き返すわよ。それに……ちょっと町の外に出て、一人になりたいの」
「……っ、わかった……。でも、門を出てすぐのところで、カノンが町に戻るまで一緒にいる。二人も、それでいいよな?」
アレグロとファルルは揃ってうなずき、荷物をまとめ始めた。
同じく旅支度に取りかかるシェントの隣で、カノンがおずおずと尋ねる。
「――シェントは、ラティーを救ったこと後悔してる? 責めてきた人たちのこと、恩知らずだって怒ってないの?」
彼女の目は心なしか赤い。気丈に振舞おうとしているカノンの手前、シェントはそのことに気づかないふりをした。
「恩知らずとは思ってないよ。不安になる気持ちもわかるし。……俺の故郷も、魔物に襲われたからさ」
大多数の人間は、魔獣や魔物に抗う術を持たない。
さらに、相手は言葉の通じない生物だ。魔物に至っては生物かどうかも怪しい。
糾弾したくてもできないのならば、怒りの矛先を変えることで、己の気持ちをごまかすしかないのだ。
――だから、自分が責められるのは仕方のないことだ。シェントは早々に割り切っていた。
それでも。
あのコデッタの大群は科術でなければ倒せないと、驕っていただけではないのか。
自分は、判断を誤ったのではないか。
「それに、カノンが俺の代わりに怒ってくれたしな」
シェントは話を切り上げようと、やんわりと微笑んだ。
彼らのことを恨んではいない。
恨んでいるとカノンに思われてはいけない。
自分が間違えたせいで、カノンまで巻き込んでしまったのだから。
「……っ、だって、シェントが怒らないからよ! 自分のことなのに」
カノンはベッドに腰かけ、暇を持て余すように足をぱたぱたとさせていた。
「――お待たせしました」
ほどなくして、最後まで荷物を詰めていたファルルが立ち上がった。
「忘れ物はないわね?」
ざっと室内を見回し、ドアノブに手を掛けるカノン。
扉の向こう側から、ガラスの割れる音が聞こえてきた。
カノンは廊下に飛び出した。
部屋を出て左側にある玄関までは、一本の廊下で繋がっている。その廊下に並ぶ窓のうち、一枚が割れているのが見えた。
「魔物が飛び込んできたの……?」
恐る恐る廊下を進んでいくと、床に散乱する窓ガラスに交じって、拳大の石が落ちていた。
「乱暴なことはナシだと言っただろ!」
「なんでおまえが仕切るんだよ!」
割れた窓の外で怒号が飛び交う。
宿舎を出ると、待ち構えていたかのように町民たちがずらりと立っていた。少なくとも、〈降臨の塔〉に集まった人数の倍――二十人はいるだろう。
助けを求めに来たようにはとても見えない。そもそも、彼らが宿舎に石を投げ入れてきたのだ。
「どうしたの、皆……」
異様な光景に動揺したのか、カノンは掠れた声で問いかける。
「今回の魔物の騒動について、守護団に説明を求めたい」
「あ……、ま、魔物は、ほとんど倒したと思うわ。守護団の皆は今、町を――」
「そういうことではなくてね」
まとめ役らしき男はため息をついた。
その後ろで、町民たちが次々と声を上げる。
「〈塔〉で魔物を倒したせいで、壁画とかに傷がついたんだって?」
「徴収する『寄付』も上がるの?」
「守護団なんて無能の集まり、解体しろ!」
「おいやめろっ、カノン様はまだ十六歳になったばかりだぞ!」
まとめ役の男が一喝し、彼らを黙らせる。
シェントも剥き身の斧槍を肩に担いだまま、カノンの前に立った。
「守護団は町を警らしてますよ、皆さんの安全を守るために」
ふてぶてしく言ってやると、まとめ役とは別の男が、肩を怒らせながら近寄ってきた。
あなたもジンドゥーで無料ホームページを。 無料新規登録は https://jp.jimdo.com から