30
広場に発煙筒が焚かれ、やがて二十人ほどの守護団員が集まった。バッソが適当な守護者に招集をかけさせたのだ。
加勢を申し出るシェントに対し、バッソよりやや年下と思しき精悍な顔つきの男は、
「一般人を巻き込むわけにはいかない」
と、なかなか首を縦に振らなかった。
「団長さんよ、武闘大会にカルカンドが乱入したのは聞いてるだろ?」すかさずバッソが口を挟む。「シェントはな、そのカルカンドを科術で倒してくれたのさ!」
「うわっ!?」
バッソに文字通り背中を押され、シェントは守護者たちの前に出た。団長にちらりと視線を送るも、彼は険しい表情のまま何も言わなかった。
「作戦を簡単に説明すると――守護者の皆さんには、同じ時間、同じ場所にコデッタを連れてきてほしいんです。俺がそこで科術を発動させれば、コデッタを一掃できるはずです」
「その場所とやらは?」
と、腕組みをした団長が問う。
「人がいなくて、ある程度の広さがあるところ――〈降臨の塔〉が最適じゃないかと」
守護者たちがどよめいた。
「〈塔〉には聖女様しか入れないはずだろ?」
「作戦は悪くないけど、場所は他にもあるんじゃない?」
「なにも〈塔〉じゃなくても。どこか空き家とか……」
シェントが露骨に顔をしかめる。
他に妙案があるのか。そう言ってやろうかと、身を前に乗り出したときだった。
「遅くなってごめんなさい!」
弓矢ではなく箒を手にしたカノンが、輪の中に割って入ってきた。
「カノン、宿舎にいなさいと言ったでしょう!?」
「矢が当たらないのはわかってるわ。だから箒を持ってきたの」
「そういう問題じゃ――」
赤毛に近い金髪を三つ編みにした女が、語気を強める。
カノンより一回り年上の彼女――リエは、執務室でカノンの報告を聞いたあと、待機するよう命じていたのだった。
「どうして私だけ待機なの? 私が聖女様の血縁だから!? 攻撃が当たらないのは剣や槍も同じじゃない! ねえ、レジェール!? ……レジェール?」
カノンはレジェールを探すように輪を見回した。
レジェールがいない。
それはシェントも気になっていることであった。
商店街で聞こえた、レジェールを制止する声。あのとき、彼は巨大コデッタに挑んだのではないか。
「レジェールは? お姉ちゃ――ハノン様のところ?」
誰か知っている者はいないかと、互いに顔を見合う。
その中でただ一人、壮年の男が天を仰いで唇を噛みしめる。
男は震える声で告げた。
「レジェールはコデッタに殺された。あのデカいコデッタに先陣斬って、それで――」
「うそ、でしょう……?」
カノンが思わずといったふうに呟いた。冗談を言うはずがないとわかっていても、そう聞かずにいられなかった。
誰かと見間違えているのではないか。大怪我をしていても、一命はとりとめているのではないか。
今すぐ駆け出していって確かめたいのに、足が動かない。彼の居場所を尋ねたいのに、声が出ない。
何も喋らないのは皆同じだった。
「カノン、やっぱり宿舎で待機していたほうが――」
沈黙に耐えられなくなったのか、リエが口を開く。
気をつかわれ、むしろカノンの頭ははっきりした。聞き分けのないことを言っている場合ではない。
「悲しむことは、あとでだってできるわ。今は従妹の私が、レジェールの分までラティーを守らないと」
「――カノンの言う通りだ、悠長にしている場合ではない。そこの彼が提案してくれたように、〈降臨の塔〉でコデッタを迎え討つ。それでいいな?」
団長の言葉に、皆、静かにうなずいた。今度は誰も反対しなかった。
♪ ♪ ♪
シェントは神殿のある丘を越え、〈降臨の塔〉まで辿り着いた。近くで見る塔は想像以上にずんぐりむっくりしていた。
扉に手を掛けようとして、南京錠に気づき舌打ちをこぼした。
「鍵あるか聞いときゃよかった」
髪紐を解き、端をほつれさせて中の針金を露出させる。それを鍵穴に射し込んで錠をこじ開け、塔の中に滑り込んだ。
「これは……すごいな」
床には見たことのない幾何学模様が広がり、壁には神話を再現した絵が描かれていた。火柱が上がり稲妻が落ちる中、守護者と魔族が死闘を繰り広げている。両者の区別は遠目ではつきづらかったが、魔族の肌は青白く、耳の先が尖っていた。
さらに、シェントの正面にある大きな窓には、色のついたガラスで武神ラウダが表現されていた。神殿にあったタペストリーと同じく、四本ある腕には剣と槍、そして弓矢が握られていた。
その猛々しいラウダ神の姿は、外から射し込む光を通して床の上にも映っていた。
シェントは扉の真向かい、つまり窓の前に立って、その時を待った。
頭上から十一時を告げる鐘の音が降ってきた。
鐘が鳴り響く中、シェントは指輪の科石に呪文を唱え始める。
身体に覚えこませるため、何百回、何千回と詠唱してきた呪文だ。シェントにとっては歌を口ずさむことと変わらない。
国の外で生き残るため、身に着けた術の一つだった。
「ルフ・ティヒエル……アン・テ・セヴェーロス……」
シェントが育った国は、大陸の北外れにある小さな都市国家だった。
旅人が訪れることなど滅多にないその地に、〈コード〉という旅集団がやって来たのは、よりにもよって冬の初めのことだった。
雪解けまでの二か月余り、アーチェと名乗る少女は、旅の話や仲間のことをいろいろと聞かせてくれた。彼らは血の繋がりこそないが、互いのことを家族のように思っていた。
「フォルツァート……オ・ラージュ……」
シェントがルーエまでの旅路を急いだ理由。
それは、彼女の仲間に託された形見を、アーチェに渡すためだった。
「トルメンタ……シュ・トゥルム・ヴィン……」
武闘大会のことはアーチェから聞いていた。彼女が参加するつもりでいることも。
他に当も手がかりもなかったシェントは、藁にもすがる思いでルーエを目指した。再会できなければ、アーチェとの出会いそのものを忘れるつもりでいた。
だから、ルーエの近くの森で彼女に会えたことは、奇跡に近かった。
『おまえ……追い剥ぎか?』
しかし半年ぶりに会った彼女は、顔つきも口調もまるで違っていた。彼女の落としたアンクレットを見てようやく、アレグロがアーチェであると確信したくらいだ。
とはいえ、自分も旅を続けるうちに雰囲気が変わったかもしれない。髪の色も国を出る前に地毛に戻した。そのせいで彼女に気づかれないのかと、シェントは思っていたのだが。
『私、半年前までの記憶がないの』
アンクレットを返すときになって初めて、彼女が記憶喪失であることを知った。
『過去に拘らず、前を向くつもりだ』
そのアレグロが、失った過去を追い求めるのではなく、新たな未来を歩もうとしているのなら。
――自分も彼女と関わらず、別の道を行こうと決めたというのに。
「トゥ・ラカーン……ア・イリヒ……」
右手の指輪に呪文を唱えながら、ふとシェントは手首の組紐を見つめた。世話になったお礼だと、アレグロは言っていた。
闘技場に乱入したカルカンドを倒したときには、彼女は不思議そうにしていたというのに。
『どうして、そこまでして私を助けた?』
――それは、俺が君の魔術に、命を救われたからだよ。
あなたもジンドゥーで無料ホームページを。 無料新規登録は https://jp.jimdo.com から