24
「今日は聖女様の説教がある日なんだけど……早足で向かえば間に合いそうね」
三人を連れて宿舎を出たカノンは、懐中時計を胸ポケットに滑らせると、神殿の方角へ歩き出した。
「みなさんと話してみたかったのよね、歳も近そうだから」
いたずらっぽく笑う彼女に、シェントが「いくつ?」と尋ねる。
「七月に十六になったばかり。守護者として正式に任命されたのも、そのときよ」
「じゃあ、まだ二か月しか経ってないのか」
「学校に通ってるときから、見習いみたいなことはしてたんだけどね。物心ついたときには、あの宿舎で生活してたから」
シェントは「大人たちに囲まれて育った」というレジェールの言葉を思い出した。
「生まれてすぐに、守護者だった父が護衛中の事故で亡くなったの。もともと病気がちだった母も、それをきっかけに体調が悪化して……。守護団の皆は私のこと、本当の家族のように育ててくれたわ」
カノンの少し後ろを歩きながら、アレグロは彼女の身の上話を神妙な面持ちで聞いていた。
「シェントたちは? 三人はどういった関係?」
「俺とアレグロが、ファルルに護衛として雇われたんだ」
「それなら二人は冒険者なの?」
「――ではないんだけど、このままさすらうわけにもいかないし、組合に登録するかなあ」
カノンと喋りつつ、シェントは意識を後方に向けていた。道行く人とすれ違うたび、突き刺すような視線を背中に感じて。
(やっぱり、気のせいじゃないような――!)
思い切って振り返れば、斜め後ろのアレグロと目が合った。
「どうかしたのか?」
「え? あ、いや……なんでもない」
ファルルの正体が勘づかれたのではないかと危惧したシェントだが、アレグロは何も感じていないとなると――見られているのは自分一人ということになる。
(さすがに自意識過剰か)
そう鼻で笑ったシェントを、ファルルが心配そうに見つめてきた。
「何かあったんですか?」
彼女の正体を知っているシェントでさえ、その不安げな表情にはどきりとさせられる。守ってやらなければと感じる一方で、少し困らせてみたくもなる。
ファルルの横を通り過ぎていく人々も、まさか男だとは思わないはすだ。
――そこまで考えて、ようやく気がついた。
「……あー、もう大丈夫」
シェントは頭を振って前を向き直った。
(なんて言ったっけ、古い言葉で……ハーレムってやつか)
気安く触れることのできない人形のようなアレグロ。
髪と瞳の色で儚げな印象を受けるが、朗らかで可憐なカノン。
ファルル、もといアルトはというと――大きな瞳に長い睫毛のおかげで、鬘を付けただけで美少女に変身してしまう。
背を突き刺すような視線には、嫉妬の念もこめられていたのだろう。
これ以上あらぬ誤解を受けないように、シェントはカノンとの話に集中しているふりをしながら、徐々に歩を速める。後ろの二人と少しでも距離を置き、道行く人から他人だと思われるために。
シェントの横をついてきたカノンが、突然「あっ」と声を上げた。
「ごめんなさい、少し待ってて」
道の反対側を行く少女に、小走りで近づくカノン。
「久しぶりね!」
「あ……カノン、様」
「カノンでいいって言ってるのに。卒業してから何してるの?」
「い、家の仕事の手伝いを……」
何かに怯えるように話していた少女は、突然「申し訳ありません!」とカノンに頭を下げた。
「父が病気になって、せ、先月から寄付金が払えていないんです……っ」
「そうだったの……。あなたも身体には気をつけて」
「は、はい……」
別れ際、手を振るカノンから逃げるように、少女は会釈もせずそそくさと去っていった。
「友だち、だよな?」
友人同士には見えなかったのだろう。遠慮がちに尋ねてきたシェントに、
「学校で少しお喋りする程度だったんだけどね。私が守護者になったから、距離を感じちゃってるのかな」
カノンは髪を少し緩めに結い直しながら答えた。
「ううん、本当はね……守護者になる前から、友達ってあまりいなくて」
再び神殿へ歩を進めながら、カノンが静かに言葉を紡ぐ。
「五つ離れた姉がね、ラウダ教の聖女様なの。ラウダ様から御力を分け与えられた『守護者』の、直系の子孫だから」
「お姉さんがいたんだ。挨拶しないとな」
「それは、ちょっと難しいかも。聖女様は宿舎とは別のところにいるから」
「あ、そっか。……えーと、聖女様というのは……」
おずおずと尋ねてくるシェント。
彼は単なる護衛であって、ラウダ教徒ではないらしい。カノンは守護聖女について語り始めた。
元来「守護者」とは、〈魔界大戦〉時に武神ラウダから御力を授かった戦士のことを指していた。
その中に、ラウダの御言葉を拝聴し、戦士たちをまとめ上げた女性がいた。戦後、彼女の子孫は儀礼を取り仕切る「守護聖女」となった。
「病死した母の跡を継いで、姉は十歳で守護聖女になったわ。私が守護者を志したのも、お姉ちゃんの力になりたかったからなの。私だって『守護者』の子孫なんだから、ラティーのためにできることがあるはず、って」
自身の役割。過去の決意。それらを自分に言い聞かせるようにカノンは語った。
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