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「今日は聖女様の説教がある日なんだけど……早足で向かえば間に合いそうね」

 

 三人を連れて宿舎を出たカノンは、懐中時計を胸ポケットに滑らせると、神殿の方角へ歩き出した。

 

「みなさんと話してみたかったのよね、歳も近そうだから」

 

 いたずらっぽく笑う彼女に、シェントが「いくつ?」と尋ねる。

 

「七月に十六になったばかり。守護者として正式に任命されたのも、そのときよ」

「じゃあ、まだ二か月しか経ってないのか」

「学校に通ってるときから、見習いみたいなことはしてたんだけどね。物心ついたときには、あの宿舎で生活してたから」

 

 シェントは「大人たちに囲まれて育った」というレジェールの言葉を思い出した。

 

「生まれてすぐに、守護者だった父が護衛中の事故で亡くなったの。もともと病気がちだった母も、それをきっかけに体調が悪化して……。守護団の(みんな)は私のこと、本当の家族のように育ててくれたわ」

 

 カノンの少し後ろを歩きながら、アレグロは彼女の身の上話を神妙な面持ちで聞いていた。

 

「シェントたちは? 三人はどういった関係?」

「俺とアレグロが、ファルルに護衛として雇われたんだ」

「それなら二人は冒険者なの?」

「――ではないんだけど、このままさすらう(・・・・)わけにもいかないし、組合(ギルド)に登録するかなあ」

 

 カノンと喋りつつ、シェントは意識を後方に向けていた。道行く人とすれ違うたび、突き刺すような視線を背中に感じて。

 

(やっぱり、気のせいじゃないような――!)

 

 思い切って振り返れば、斜め後ろのアレグロと目が合った。

 

「どうかしたのか?」

「え? あ、いや……なんでもない」

 

 ファルルの正体が勘づかれたのではないかと危惧(きぐ)したシェントだが、アレグロは何も感じていないとなると――見られているのは自分一人ということになる。

 

(さすがに自意識過剰か)

 

 そう鼻で笑ったシェントを、ファルルが心配そうに見つめてきた。

 

「何かあったんですか?」

 

 彼女(・・)の正体を知っているシェントでさえ、その不安げな表情にはどきりとさせられる。守ってやらなければと感じる一方で、少し困らせてみたくもなる。

 ファルルの横を通り過ぎていく人々も、まさか男だとは思わないはすだ。

 ――そこまで考えて、ようやく気がついた。

 

「……あー、もう大丈夫」

 

 シェントは(かぶり)を振って前を向き直った。

 

(なんて言ったっけ、古い言葉で……ハーレムってやつか)

 

 気安く触れることのできない人形(ドール)のようなアレグロ。

 髪と瞳の色で(はかな)げな印象を受けるが、(ほが)らかで可憐(かれん)なカノン。

 ファルル、もといアルトはというと――大きな瞳に長い睫毛(まつげ)のおかげで、(ウィッグ)を付けただけで美少女に変身してしまう。

 背を突き刺すような視線には、嫉妬の念もこめられていたのだろう。

 これ以上あらぬ誤解を受けないように、シェントはカノンとの話に集中しているふりをしながら、徐々に歩を速める。後ろの二人と少しでも距離を置き、道行く人から他人だと思われるために。

 シェントの横をついてきたカノンが、突然「あっ」と声を上げた。

 

「ごめんなさい、少し待ってて」

 

 道の反対側を行く少女に、小走りで近づくカノン。

 

「久しぶりね!」

「あ……カノン、様」

「カノンでいいって言ってるのに。卒業してから何してるの?」

「い、家の仕事の手伝いを……」

 

 何かに怯えるように話していた少女は、突然「申し訳ありません!」とカノンに頭を下げた。

 

「父が病気になって、せ、先月から寄付金が払えていないんです……っ」

「そうだったの……。あなたも身体には気をつけて」

「は、はい……」

 

 別れ際、手を振るカノンから逃げるように、少女は会釈もせずそそくさと去っていった。

 

「友だち、だよな?」

 

 友人同士には見えなかったのだろう。遠慮がちに尋ねてきたシェントに、

 

「学校で少しお喋りする程度だったんだけどね。私が守護者になったから、距離を感じちゃってるのかな」

 

 カノンは髪を少し緩めに結い直しながら答えた。

 

「ううん、本当はね……守護者になる前から、友達ってあまりいなくて」

 

 再び神殿へ歩を進めながら、カノンが静かに言葉を(つむ)ぐ。

 

「五つ離れた姉がね、ラウダ教の聖女様なの。ラウダ様から御力(みちから)を分け与えられた『守護者』の、直系の子孫だから」

「お姉さんがいたんだ。挨拶(あいさつ)しないとな」

「それは、ちょっと難しいかも。聖女様は宿舎とは別のところにいるから」

 

「あ、そっか。……えーと、聖女様というのは……」

 

 おずおずと尋ねてくるシェント。

 彼は単なる護衛であって、ラウダ教徒ではないらしい。カノンは守護聖女について語り始めた。

 元来「守護者」とは、〈魔界大戦〉時に武神ラウダから御力(みちから)を授かった戦士のことを指していた。

 その中に、ラウダの御言葉を拝聴し、戦士たちをまとめ上げた女性がいた。戦後、彼女の子孫は儀礼を取り仕切る「守護聖女」となった。

 

「病死した母の跡を継いで、姉は十歳で守護聖女になったわ。私が守護者を志したのも、お姉ちゃんの力になりたかったからなの。私だって『守護者』の子孫なんだから、ラティーのためにできることがあるはず、って」

 

 自身の役割。過去の決意。それらを自分に言い聞かせるようにカノンは語った。